解説!ライフデザイン
個人のライフデザインを応援する会社の業績はなぜ良い?

柴田 悠(はるか)氏
京都大学 教授
京都大学大学院人間・環境学研究科教授、社会学者。1978年、東京都生まれ。京都大学博士(人間・環境学)。専門は社会学、社会政策論。同志社大学准教授、立命館大学准教授、京都大学准教授を経て2023年度より現職。著書に『子育て支援が日本を救う――政策効果の統計分析』(社会政策学会賞受賞)、『子育て支援と経済成長』(朝日新書)、分担執筆書に『Labor Markets, Gender and Social Stratification in East Asia』(Brill)などがある。
従業員のライフデザインが、なぜ企業にとって欠かせないテーマなのでしょうか。
社会的な背景と、企業業績に与える効果があります。
人手不足は深刻化しており、企業は求める人材が採りづらくなっています。他方、若い人は、自分の意思や人生観をもって主体的に就職先を選ぶようになっていることが、厚生労働省の調査などで明らかになっています。一律的な働き方では、必要な人材は集められない時代です。
会社側は、個々の従業員のライフを意識し、対応していかなければいけません。生活のしかたや家庭の状況といったニーズに合わせて、働かせ方や経営方法を調整していくということです。企業が生き残るための条件となりつつあります。
業績面への効果にも目を向ける必要があります。ある調査では、働きがいと働きやすさを両立する「プラチナ企業」と呼ばれる企業で、業績が良いことが明らかになりました。働きやすいだけの企業よりも業績が良く、また、働きがいはあるけれども働きにくく離職率が高いモーレツ企業よりも業績が良い、という結果でした。
社員の求める働き方と会社の経営方針、つまり、社員のパーパスと会社のパーパスが合致していることが大事だということです。さきほどの調査結果だけでなく、個々の先進事例でも、そうした傾向は示されています。
社員のライフの目標意識を言語化し、会社の経営に反映していく。これによって、社員のパーパスと会社のパーパスを合致させていく。
ライフデザインを言語化するというプロセスは、企業の戦略上、重要になっています。
企業は、従業員のライフデザインまでサポートしていく必要があるのでしょうか。
社員が自分のライフデザインとパーパスを自ら言語化し、それを会社に伝えられるのならば、問題ありません。しかし、社員は管理職よりも弱い立場にあって、パーパスの本音を伝えにくいのが実態です。さらに、仕事や家事などで日々忙しい状況下におかれています。仕事の時間の中で、社員が自らのライフデザインをじっくり行ってパーパスを言語化する時間を、会社が提供することが必要です。
会社にとっても、社員のライフデザインやパーパスを直接把握できることは、経営上のメリットです。
社員と会社のパーパスのすり合わせに欠かせないのが、社員のライフデザインとパーパスの言語化です。会社は、本音で語ることができる「心理的安全性」のある環境を提供し、社員のパーパスを把握する。社員が「本音を話しても人事評価でマイナスにならない」と安心できるように、管理職への「心理的安全性」の研修が大事です。
実際に先進事例では、少人数で本音の言える環境を定期的に提供することで、社員のパーパスに合わせて働き方を改善する上での、業務の見直しや効率化につながり、業績の向上につながったりしたケースも複数聞いています。
ライフデザインを行う従業員にとって大事なことはなんでしょうか。
大前提として、どういう働き方、生き方で人生を歩みたいのかということを意識化、言語化していくことです。ライフデザインは置かれた環境やタイミングにもよります。一度言語化したら一生変わらないというものではありません。柔軟に自分の生き方、働き方を調整していくことが大切です。
私の研究テーマでもありますが、人間の幸福には3つの要素が必要になります。
「今ここでの自分の幸福」はもちろん大事な1要素ですが、それだけを追求してしまっては、一喜一憂してしまって、かえってストレスが上がり、幸福感が下がってしまうことがわかっています。これを私は「幸福追求の落とし穴」と呼んでいます。
そこで大事なのは、人生の全体を俯瞰して、中長期的な視点で幸福を追求していくことです。これが幸福の第2の要素です。さらに、他者の幸福を視野に入れることも大切です。自分の幸福だけを求めると、他者との親密性が損なわれ、かえって幸福感が下がってしまいます。むしろ、他者に親切な行為をしたほうが、幸福感が上がるという実験結果が示されています。
ライフデザインを描くうえでも同じで、家族などの身近な他者との関係を考えながら調整し続けることが必要です。
企業が従業員のパーパスと方向性を合わせるためにはどのような対応が必要でしょうか。
経営側や管理職が社員各人のパーパスの本音を聴く少人数のミーティングを、定期的に続けていくことです。生活状況によってライフデザインはつねに変化していくものです。ミーティングを定期的に実施することで、パーパスの合致点を確認し続けていくことが欠かせません。